個人の不動産投資は、この数年で大きく成長しています。スルガ銀行のニュースなどで、みなさまもご存じのことでしょう。

 スルガ問題が引き金となるか、投資用不動産の逆回転

 スルガ銀行「シェアハウス不正融資」の悪質カラクリ・・・毎月家賃が入るはずが大赤字

 スルガ銀行の不祥事を地銀は笑えない

 などなど、検索すればいくらでも出てきますね。

 この問題はこの問題として精査して同様の被害が出ないようにしてもらいたいものです。

 ですが、今回の件は長年投資をウオッチしていた人なら「またなのか」という気もしたはずです。何度でも繰り返されるのです。私はそこには「個人」と「投資」の情報の非対称性を感じます。NHK「クローズアップ現代+」の「追跡!スルガ銀行問題 ~超低金利時代の“闇”~」は、私の視点とは違う角度でしたが、同じことを表現していたと思いました。

 そこで簡単に、「個人」と「投資」の情報の非対称性の問題を、この不動産投資を題材としてまとめたいと思います。

個人投資に必ず起きる問題① 負えるリスクがわからない

 個人の投資と、金融機関や企業による投資の最大の違いはなんでしょうか? 小口である、手数料商売である、情報開示が重要である、などなど、さまざまなのですが、最大の違いは「情報の非対称性を前提としたセールス」ということにあります。金融機関や企業では、少なくとも専門的な知識や知見を持った人がいることが前提であり、もしそうした人材が社内にいなければ、アドバイザーを雇ってでも投資について慎重に検討するなどして決定されます。それは投資規模が違うからであり、株主に対する説明責任を負う、役員としての責任を問われるなどの問題があるからです。

 一方、個人の投資は、個人が自分の負えるリスクの範囲で自由に投資をするのですから、こうした検討はほとんどなされません。そもそも自分がどれだけのリスクを負えるのかもよくわかっていないうちに、専門的な知識の豊富なセールス(まして相手が銀行だったら)から売り込まれます。

 この自身が負えるリスクは、ライフスタイル、年齢、仕事、収入などによって変わるものであって、「銀行が貸してくれるから大丈夫」というものではありません。「いまならあなたに1億円までお貸しできます」と言われて、その言葉を根拠なく信用してはいけません。

 たとえて言えば、1億円を借りたとたんになんらかの理由でそれが丸々負債となったとき(まったく投資が収益を生み出さないとき)、返済できる可能性はどれぐらいあるでしょうか?

 人生は短く、生きている間、ずっと借金返済に苦しむのが嫌だというのなら、こうしたカネを借りることはしないでしょう。死んでしまえば関係ない、と開き直れば借りることも可能です。その中間で、「資産をこのように処分すればこれだけ補填できる」とか「保険でこれだけカバーできる」といった根拠が必要です。さらに、資産に本当にそれだけの価値があるのか、保険は本当にカバーできるのかまできっちりと精査できればさらにいいですね。保険を引き受けたところが破綻する、投資の失敗と同時に同じ理由によって資産の価値も半分以下になってしまう、といった事態が起こり得るわけですから。

 金融機関や企業は、その責任者が在任期間中、投資の失敗が表面化しなければ逃げ切れる可能性は高い。しかし、個人では逃げ切れません。そこがそもそも違うのです。負えるリスクをしっかり把握することは大事なことです。ただし、セールス側はそういうことは言いません。言ったとしても、その段階で理解できる個人は少ないでしょうし、完全な理解をセールスは求めていないので「自己責任」とされてしまうことでしょう。

 まじめな人ほど、「自己責任」は強く意識しますが、肝心のリスクの根拠などに対する精査については個人差が大きく出ます。やる人とやらない人では危険性は大きく変わるのです。それを指摘してくれる人は周囲にはほとんどいないはずです。

個人投資に必ず起きる問題② 将来の不安が裏目に出る

 不動産投資では、「将来の不安」を巧みにセールスの材料にすることが多いようです。「これでは老後資金が足りませんよね」とか。

 まじめな人ほど、「人の世話にはなりたくない」「自分ならではの楽しい老後を送りたい」と真剣に考えます。

 ところが、将来の不安というのは、誰にもわかりません。企業における不安は、経営の継続性にあると思いますが、この場合も寄ってたかって継続性について検討されるわけで、さまざまな角度から生き延びる道を見つけ出せることでしょう。

 一方、個人にはそのようなシステムはありません。世の中では一般的に「不安を解消できるのはおカネ」といった情報が多く見られます。それは、個人の不安を商売にしている企業があるからです。情報のスポンサーがいるのです。あなたの不安を煽ることで、自社の製品やサービスを売ることができます。これは「顧客を満足させるのが私たちの使命だ!」とおっしゃる企業でも同じです。「当社の製品やサービスを使えば不安が減りますよ!」と言えればいいわけで……。

 問題は、不安を解消するためのコストについての情報がほとんどないこと。企業なら、「じゃあ、コストは?」とすぐ問われるはずですが、個人ではその意識はバラツキが多いものです。「いまはこれだけ貯金があるので、そこまでなら払えます」と言う人がいます。これは完全な間違いです。貯金は、財布に入っている小銭ではない。私だって、小銭入れに500円玉があれば、「アイスが買えるな」と思う。じゃあ、1000万円の貯金があるからといって、それがコストとして消えてしまうようなことがあったとしても「平気」でいられるでしょうか?

 どんな投資でも、コストが高すぎれば、利益に見合わないので止めておく。その原則は個人には通用しないのです。「いま払えるから」と払ってしまう人が多い。払ったおカネは戻ってきません。再び貯金が1000万円に戻る確率は? それまでどのような生活や労働をしなければならないのか? その間になにかおカネが必要になったらどうするのか?

 個人投資向けの商品の多くは、すでに金融機関や企業などの専門家には「うまみが少ない」と判断されたり「これ以上は投資しない」と限界まで投資されてしまったあとに誕生することが多いのです。

 最初に誕生した投資先は、限られた人にしか知らされません。それはリスクの許容度が高い人で、資金を持っている人(企業)でなければ、投資できない状態だからです。投資商品を作る側に立てばわかります。私がいまからすごい発明をしたとして、それを製品化するのに投資を募るとします。クラウドファンディングでは集めやすいけれども、同時に真似されやすい。真似されたら私の利益は減ります。だから信用できるところと組みたい。信頼できる人を頼ってそのような企業を紹介してもらい、お願いをしていくことになるでしょう。

 一方、すでにその投資は完了し、私の発明は特許も取得でき、製品が売られる段階になったら、私は個人向けにクラウドファンディングをすることができます。「もっと多くの人に知ってもらい、参加してもらおう」と考えるわけです。製品を作ったら売らなければなりません。売るためには知名度も必要です。それに、個人向けには「製品が手に入る」ことや「投資した人には特別なサービスがある」ことをうたって、定価以上の金額を提示することが可能になります(それに賛同してくれる人がどれだけいるかは未知ですけど)。

 多くのファンドも、このような経緯を辿ります。いまは誰でも市場で1万円単位で購入できる投資信託も、かつては限られた人だけにしか販売していなかった商品があります。薄利多売ができない段階では、限られた人にだけ多額な投資をお願いすることになるのです。

 不動産投資も同様で、金融機関、企業などでは、資産のバランスが重要になるため、不動産を買い続けることは不可能です。買ったり売ったりできなければなりません。「流動性」と呼ばれます。この流動性を確保するためには、手間はかかりますが、小口にして薄利多売にしなければならなくなります。そもそもは、そんなことはしたくないのです。1億円の建物を、誰か1人に1億円で売ることができれば、コストも最小ですみます。それを、証券化して10人に1000万円で売るとなると、そのコストははるかに高くなります。

 個人では多くの人はこの投資のコストについては、ほとんど気にしていません。それを考えさせなくさせる魔法の言葉が「不安」なのです。なぜなら、将来の不安は、コストに反映されないと個人では考えてしまうからです。企業は将来の不安をコストに算入します。簡単にいえば保険料をどこまで払うか。できるだけ安い保険料がいい。でも、個人はそうではありませんね? だって自分の不安を解消させることが目的なので、「これで安心」と思えるまで保険に入り続けることになってしまいます。

 そのおかげで、たくさんの保険会社がサービスを提供しているわけですけども。

 ここはよく考えてほしいと思います。個人の「不安」は、商売になるということを。同時に、ご自身の持つ不安を解消するためのコストを考え欲しいのです。

個人投資に必ず起きる問題③ 利益を保全できない

 企業では利益が出たら、株主に配当し、再投資に向け、負債を減らします。

 個人ではどうでしょうか。たとえば、不動産投資でマンションを1棟手に入れたとします。満室で毎月120万円の家賃収入が入るとして、そこから借金の返済、マンション維持のための諸経費を除き、手元に30万とか40万のおカネが残ったとします。これが年間で360万円から480万円といった規模になるわけです。

 問題は、毎月のこの利益をどうするか。

 個人にとって、この利益を保全する方法はすごく限られています。所得税などで取られていくことを考えれば「もっと負債を増やした方がいいのでは」と考える人もいます。再投資を考えれば「さらに別のマンションを持とう」となっていくでしょう。

 不動産投資に限らず、投資で利益を上げたときは、その投資が高いパフォーマンスを上げる状況にあったと言えます。株式投資、コモディティ(金、プラチナなど商品相場)、仮想通貨など、世の中にはいろんな投資があります。そしてそのとき、利益が大きく出る投資先があります。

 このパフォーマンスは続きません。必ずどこかでマイナスになります。チャートを見て「あのときに買っておけばいま頃は」と言うのは簡単ですが、それは全体を見てのことであって、個人個人ではパフォーマンスには大きな差が出ます。投資時期、投資対象、投資金額などによって同じような投資をしていても、差が出るのです。

 しかし、不動産投資から利益を得ている人には、おそらく現状でほかの投資先を見ても満足できないでしょう。「定期預金にしておけば」と言ったところで、「金利がつかない」と否定されます。

 それよりも、たとえばマンションの老朽化とか、満室にならないリスクとか、ほかの地域に人が流れるといった現象をまた「不安」に思うようになる。そのため「分散投資」を自己中心的に思いつき、「この利益はほかのマンション投資に向けよう」となります。

 どうしても、得意技というか成功体験は人の判断を偏らせるものですから、利益を分散投資することが理想なのに、それを忘れてまた不動産に投資してしまう。

 不動産投資の会社ならそれは当然の行為です。でも、個人ではどうでしょう。個人としてのリスクから見てどうでしょうか。

 言葉は悪いですが、極端な話、ギャンブルで稼いだおカネと同じような末路を辿りがちなのです。馬券で稼いだおカネは次の馬券に。不動産で稼いだおカネは次の不動産へ。失敗が明らかになるまで続けてしまう……。それもまた一種の「まじめさ」なのです。

 もちろん、こうした行為を完全否定しているのではありません。現実に、こうしたやり方で巨万の富を得た人がいないわけではないからです。リスクを取らなければ利益は得られないのだ、と。

 しかし自分の人生を遙かに超えるほどのリスクになっていたとして、いつ気づくのでしょうか。どこで「勝ち逃げ」するのでしょうか。この出口をはっきりさせておかないといけないはずです。

 利益の保全は地味な世界で、そのためのサービスでおカネを稼ぐ人もほとんどいないため(信託銀行ぐらいですか)、宣伝もされないし、話題にもなりません。稼いだおカネをどうするのが正解か。それは最初に戻りますが、「リスク」や「不安」に大きく左右されてしまう「個人的な事情」になっていきます。

 私もみなさんの個人的な事情を全面的に否定することなんてできませんので、「ほどほどにね」としか言えませんが……。

 利益保全のつまり出口戦略をしっかり持つこと、思いがけず利益が出たとしても、それで出口戦略をいたずらに変更しないこと。その強い意思も大切です。ただ、そのような強い意思を持った人は「不安」に惑わされての投資はしないでしょうから、そもそもこのコラムの読者対象ではありません。

集中か分散か

「では、どうすればいいんだ!」とおっしゃる人もいるでしょう。

 冷たいようですが、それはわかりません。みなさんの個人個人の事情を私は知らないから。

 老後に世界一周したいという人もいれば、平穏に暮らせればいいという人もいる。毎月50万円ないと生活できない人もいれば、生活保護でもいいと思う人もいる。そして、その人が持つ「不安」は、その人にしかわからない。

 では、地球に隕石がぶつかる不安を持つ人は、どうすればいいのかな、とか思いますけども。火星に行きますか?

 個人の場合、ある程度集中しなければ、生涯で成し遂げられる財とか資産とか仕事とかは、限界があります。一方、分散しなければ安心は生まれない。分散するといってもコストがかかるので、個人で負えるコストには限界がある。

 こうしたことを考えながら、バランスを取っていくことに尽きるでしょう。

 何度でも人生がやり直せるならいいのですが、現実はそうではないし、極端な話、この直後に死んでしまう可能性だってあるわけだから、個人でやれることには限りがあります。その上に、分散しているつもりでも、ちゃんとした分散になっていないことも多いのですから、なかなかに難しいものだと思います。

 もし、投資をして利益が出たら、私の唯一のアドバイスは、「その利益でご自身が勉強をするか、優れた専門家を複数雇いなさい」ということに尽きるかな、と思います。専門家も分散しないと危険ですからね。

参考になる本


 正直、一般社団法人不動産投資家育成協会がどの程度認知されている団体かはわかりませんが……。少なくとも分散投資を考えたとき、日本国内でどこに投資するかは重要なポイントなので、こうした視点は必要です。最新データは自分で確認すること。これも鉄則です。「本に書いてあったから」は通用しないですからね。あくまで参考。


 不動産投資をする人もしない人も、失敗事例はいろいろと役に立ちます。不動産に限らず投資には「欲」がつきまとう以上、失敗には事欠かないはずですが、「欲」のせいで封じ込められてしまうことも多いわけで、失敗事例はある程度、押さえておくのが賢明でしょう。


 そもそも基本的な用語もよくわからない、といった場合にはこうした基本情報を網羅した書籍は一読しておきたいところ。ネットでもある程度の情報は得られますが、ネットでは古い情報か新しい情報かの区別がつきにくく、網羅性にも乏しいので書籍はその点、便利。


 こちらも基本書ですが、少し視点が違います。2018年10月に発行された本という点でも、一応、チェックしておきたいところです。著者が不動産鑑定士ということもある点で、「物の見方」の違いを感じます。

 

 

 

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ますもと・てつろう

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投稿者プロフィール

「かきっと!」の編集長です。記事もいろいろ書いています。

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