『起きようとしない男』(デイヴィッド・ロッジ著、高儀進訳)

『起きようとしない男:その他の短篇』デイヴィッド・ロッジ著、高儀進訳

『起きようとしない男:その他の短篇』は、白水社より2017年8月30日に発行されました。
 ロッジは英国の文学とくにコミック・ノヴェルの書き手として知られています。基本的には気軽に読めて笑える話です。

 私は、ロッジの作品は代表作である『交換教授』(1975)や『大英博物館が倒れる』(1965)が未読でありながら、『恋愛療法』(1995)でとても気に入り『考える…』(2001)を読みました。もっとも大切にしているのは『小説の技巧』(1992)です。
 90年代にこの作家に出会って、自分でもこうした感じの作品を書いてみたい、と思いました。私のカクヨムに掲載している「倫々爛々」は自分なりの、その答えです。
 ことさら感動や驚きを提供するのではなく、笑いを意識しつつ、現実の中で自分の人生をなんとかしようとしている人たちを描く作家として、私は気に入っているのです。
 私たちは、どんな状況でも、一本調子にサスペンスフルなわけではなく、ずっと悲劇というわけでもなく、その時々に違う感情を持ちながら生きているのです。エンタメ作品の中には、そうしたブレをよしとせず、主人公はずっとしかめっ面のままだったりするわけですが、そんなはずがないのです。笑いたいときに笑い、泣きたいときに泣く。それが人間です。作者の都合よりも登場人物の都合に寄り添っているところが好きです。

 以下、本書の目次に沿って、感じたことを書いておきます。

まえがき

 ドイツで出た短編集からはじまって、この本が出るまでの経緯。

起きようとしない男

 突然、起きたくなくなる。誰にでもあること。ただ主人公はそれをやり続ける。理由なく。そして誰もいなくなり……。ホラーというほどではなく、カフカ的でもない。素直な作品で、奇妙な味の短編だ。

けち

 戦後、物のない時代の子どもたちの話。主人公はついに花火を手に入れる。友人たちは少しずつ試すが、彼はケチでいつか盛大にやろうと決めて手をつけない。いよいよ花火をやると決めた日が近づいてきた……。
 幸せは、いつかやることを考える間が一番よくて、喪失は、それが永遠に来ないことを知るときなのだろう。人生について考えさせるが教訓的ではないところがいい。

わたしの初仕事

 初めての仕事。それは新聞や雑誌を駅で販売すること。だが、主人公は頭がいい。すぐにトップになる。するとこれまでやってきた子たちとの競争がはじまる。それはおもしいことだったが、やがて気づくのだ。自分はただのバイトだ。大学を出たらこのような仕事は二度としないだろう。だが彼らは一生この仕事かもしれないのだ。そして、彼らが無意味な競争をして最大の利益を得たのは店主だけである。歩合ではなかったのだ。こうして主人公はマルクス、エンゲルスに目覚め……という話。
 早く気付いたのだから、そこがまた頭のいいところだろう。ほろ苦いバイトの話は誰もが経験していることだろうし、それが現在の自分に少なからぬ影響を与えていることを思い出す人も多いのでは?

気候が蒸し暑いところ

 休暇でイビサ島へ遊びに行った2組の学生カップル。頭の中はセックスばっかりなのに、なぜかそれができない。それは外的な要因ではない。イビサ島はそういう気分になる観光地だったのだ(当時)。主に内的な原因で彼らは最後の一線をなかなか越えられない。この青春の笑うに笑えないシリアスな世界。なお著者はカトリックである。

オテル・デ・ブーブズ

 ホテルのプールはトップレスが基本という美しい保養地。朝から晩までいくつものオッパイを見ている男とその妻。こんな話、どうなっちゃうのかなと思ったら……。
 なんとその途中までが主人公の書いている作品で、一陣の風とともに原稿が飛び散ってしまう。
 そして自分がそんな原稿を書いていたことがバレたらここにはいられない、と夫婦でホテルから早々に去ろうとする。その間に、作品はどういう終わり方をするつもりだったのか妻と話す。洒落た作品。

田園交響曲

 優秀な男子学生がキリスト降誕劇の芝居をつくることになる。そこで、美しいが頭があまりよくなく、住んでいる地域も主人公とは大きな格差のある女性とのキスを劇中にやり遂げようと目論む。
 結果的にそれはできなかったが、その過程で知り合った女性と仲良くなる。そしてまさかの芝居の世界に入っていく。
 一方、彼が求めた彼女は……。みごとすぎるコントラスト。
 人生のほろ苦さ。万事塞翁が馬。

「記憶に残る結婚式」

 主人公の女性は、なぜか結婚式だけは完璧なものにしたいと思い立つ。お金を惜しまずにセッティングをはじめる。ところが、完璧にしたいがために、「結婚式までの禁欲」を決めた。彼は反対する。我慢できないと。そして彼は浮気をする。
 彼女は即座に結婚はしないと宣言する。だが、これだけ準備した結婚式をキャンセルすることはできない。思い直して復縁を迫るが、彼はもう醒めてしまっていた。
 途方に暮れた彼女は、別の男性と結婚しようと考える。同級生には簡単にふられ、どうしようもないと悩む。橋でぼんやりしていると自殺するのかと間違われて声をかけてきた男性。詩人だという。妙な詩を書いている。
 彼女は彼に結婚しようと告げる……。
 皮肉をこめた、ドタバタ喜劇。

「わたしの死んだ女房」

 短い作品。モノローグ。主人公は誰かに奥さんの写真を見せる。一流の写真家を雇って1週間もかけて撮影したという。優しいお金持ちの旦那。ところが、離婚することに。いっきに緊張が高まる。
 そして、写真の彼女は……。
 コメディーとホラーとミステリーの要素を盛り込んでいる。

「あとがき」

 この著者の特徴として、率直に創作の裏側を語っている。これらの短編がどう世に出たのか。結末がどう変わったか。どこから着想を得たか。他の作品との関わり。興味は尽きない。「わたしの死んだ女房」は、「わたしの亡き公爵夫人」(フェッラーラ)に基づいているといい、その全文も掲載されていて、小説が詩からどう生まれ、どう表現が変化していくのかといったことにも気づかされる。
 驚くのは、実話が入っていること。「オテル・デ・ブーブズ」でもっとも劇的でなおかつありそうもない(一陣の風によって原稿が飛んでいく)場面が、グレアム・グリーンに呼ばれた場所で実際にあったことだったとは。
「田園交響曲」のエピソードも自身のもので『恋愛療法』では違うカタチで作品化されているという。『わたしの初仕事』も似た体験があったというし、『気候が蒸し暑いところ』はフィクションだが著者は当時、それに似たような場所への旅行体験はあるという。
「記憶に残る結婚式」は友人たちの話などを元に発想したものだそうで、この短編集の中で、私はとくに気に入った。

「起きようとしない男のために デイヴィッド・ロッジへのオマージュ」(フィリピーヌ・アーマン)

 作品にインスパイアされて家具を作った話。なるほど。

「訳者あとがき」

 詳細なロッジの経歴と作品について書かれていて、この本はむしろ「入門書」になっていると思う。ここから過去の長編などへ行くといいかも。

ロッジのほかの作品

『恋愛療法』(デイヴィッド・ロッジ著、高儀進訳) 

 私たちに「癒し」はあるのだろうか。大きなテーマを持ちながら、素直にコミカルに展開していく作品だが、後半は思いがけない展開になっていき図らずも感動を呼ぶドラマになっている。

『考える…』(デイヴィッド ロッジ 著、高儀進訳)

 認知をテーマとした作品。認知科学者と夫を亡くした作家が恋に落ちる。英国の超有名作家の文体模写までしてしまう著者の仕掛けの多様さ。

『小説の技巧』(デイヴィッド・ロッジ著、柴田元幸・斎藤兆史訳)

 手元に置いておきたい本のひとつ。自身の作品にも触れており、「なぜそうしたのか」を自ら解説している。取り上げている過去の名作もかなり幅広い。英国では文学を楽しむ人にとって、こうした作品が常識なのか、などと思いながら読むというのもいいかもしれない。

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本間 舜久

本間 舜久

投稿者プロフィール

小説を書いています。ライターもしています。ペンネームです。
カクヨム

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