『遠い山なみの光』(カズオ・イシグロ著、小野寺健訳)

『遠い山なみの光』(カズオ・イシグロ著、小野寺健訳)

 2015/10/19記(見出しなど再編集しました)

日本での話とイギリスの話が交互に

 先日、『忘れられた巨人』(カズオ イシグロ著、土屋 政雄訳)について書いたし、『「カズオ・イシグロ 文学白熱教室 完全版」を見て思ったこと』も書いたので、こうなったら一応、ファンということで全作を読もうと考え(すぐ、こんなことばかり考えるわけですが)、ネットでチェックしたらかなりの点数が電子化されておりました。

 上はAmazonのリンクですが、私はhontoで購入。移動の合間に読んでみました。

『遠い山なみの光』は、A Pale View of Hills (1982年)の邦訳です。これが最初の長編作品で、英国の王立文学協会賞を受賞。9か国語に翻訳されたところから、著者は世界的に注目されていくことになります。邦訳では別に『女たちの遠い夏』というタイトルでも出ています(ちくま文庫)。

 日本を舞台とした部分とイギリスの部分が、1幕ごとに変わるような構成で、このあたりのコントラストもおもしろいのです。

 主人公(悦子)は英国に暮らしています。どういうことがあってのことかは詳細には描かれていません。つまり、主人公の半生はほとんど触れていません。長崎では彼女は妊娠しているのですが、その長女(景子)がどうなったのかは、英国の場面で下の娘(ニキ)との会話の中で語られます。とはいえ、それも詳細には触れられません。主人公は純粋な日本人の子(景子)を失って(その詳細も語られません。再婚して英国に移ってニキを産んだわけでしょうね)、自分が日本にいた頃を思い出しているのです。そこに日本のエピソードが出てくるわけです。

「記憶」が著者の創作の鍵

 日本は長崎が舞台で、戦後間もなく。まだ原爆と敗戦から癒えていないどころか、その過程の真っ只中です。主人公の近所に越して来た母(佐知子)と子(万里子)の話、没落した上流階級の人がやっているうどん屋、義理の父と夫、夫の友人らのエピソードを重ねていきます。そして登場した人たちがその後どうなったのかも、ここでは語られません。

 このように最初の長編から「記憶」が著者の創作の鍵となっています。断片的なのは主人公の記憶にのみ頼っているからです。

 そのため、遠回りに情景や人物を描き出す作品となっており、舞台劇を思わせつつ、同時に小津安二郎の映画を彷彿とさせるようなリズムが全体を通して流れています(これは訳者の技術も貢献していそうです)。義理の父はどう見ても笠智衆です(私の思い込みとしても)。となると、主人公は原節子ですね。あ、そんな先入観を未読の人に与えてはいけませんね。でも、それが偽らざる印象なのです。

 モノクロの戦後の日本映画をゆっくりと見た、というのが、読後に残っていきます。情景として、そしてリズムとして、哀切というか諦観というか、必ずしも激しい感情ではないものとして、残ります。美しい風景も出てはきますが、コントラストの強いモノクロ映像のように感じてしまいます。

 大きく印象に残るのは、義理の父の価値観が古いものになってしまったこと(つまり戦前の価値観ですね)を突きつけられたときの彼の反応です。これは、まったく違う世界でしょうが、『セールスマンの死』(アーサー・ミラー)を彷彿とさせます。滝沢修が演じる舞台が印象に残っていますが、そこにたたずむ男の姿をなぜか、連想してしまいました。

言葉にせずに読者の感情を揺さぶる

 アメリカに行けるのではないか。親戚とも言えぬ親戚の世話になるよりは、アメリカに賭けたい、と考えている未亡人・佐知子と幼い娘の万里子は、この作品で単なる挿話というよりもむしろメインの存在感です。揺れる佐知子の心や、1人でふらふらとどこかへ行ってしまう万里子の存在、そして猫をめぐるエピソードも印象的です。詳細は記しませんが、最後の場面での風景(土手、川、橋)とあいまって、直接は言葉にせずに読者の感情を揺さぶる巧みさも見逃せません。

 なお、全体に「繰り返し」が、独特のリズムをつくっています。主人公は何回も万里子を探します。登場人物たちは同じセリフを繰り返します。これは、人物たちが、思わず繰り返してしまうのです(と感じます)。著者の作為なのだとは思うものの、やはり人々は繰り返して同じことを言ってしまう。だけど、最初のときと2回目のときでは、ちょっと違っていたりする。受け止める側は少なくとも、違って受け取ることがあります。そのあたりも楽しめるのではないでしょうか。

 リズムや作風を味わいながら、読者はちょっとずつ心が動かされていきます。

 静止画のように、大きな動きのない作品ですが、「カズオ・イシグロ 文学白熱教室 完全版」で著者が言っていたように、こうした情景が著者の脳裏にはしっかり残っていて、それを言葉できちんと残そうとしたのだという点を再確認できました。

 次は『浮世の画家』An Artist of the Floating World (1986年)ですが、こういうことでもなければ、まず手に取らないタイトルだなあ、と正直思っています。

『遠い山なみの光』(カズオ イシグロ著、小野寺健訳)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly
本間 舜久

本間 舜久

投稿者プロフィール

小説を書いています。ライターもしています。ペンネームです。
カクヨム

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る