『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ著、土屋 政雄訳)

『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ著、土屋 政雄訳)

 2015-08-11記(見出しなど再編集しました)

この本を読んでよかった

 読んでよかったというのが正直な感想です。
 
 芝居として舞台で上演できそうなほど、濃密な場面が連続します。それは、後半になるにつれて濃さが増していきます(訳者あとがきに、映画化の話が出ていましたね)。
 読んでいて、先に急ぎたい気持ちと、ゆっくり読み進めたい、噛みしめたい気持ちがいったり来たりします。これは登場人物たちも同様なのです。霧が晴れて記憶が戻ることがいいのか。旅を急ぐべきなのか。私たちが忘れた過去は思い出すべきなのか、忘れたままでいいのか。戦うべきか。引くべきか。避けるべきか。それとも避けられないことなのか。

 アーサー王亡き後、いかにも平和になったブリテンですが、そこには野望をいだくサクソン人(ゲルマン系)もいます。たとえば、日本の民話でもそうですが、人が少ない荒野では、大勢の妖精や怪物が空間を埋めています。この作品でも、不思議な存在が登場します。かなり早い段階で不思議な存在が登場しますので、リアリズムで考えていた読者は戸惑うかもしれません。比喩じゃないんだ、そういう世界なんだ!

 冒頭のこの雰囲気から引き込まれていきます。物語は、いくつかの印象的な場所を巡ることになるわけですが(未読の人の楽しみもあるでしょうから具体的には書きませんが)、そのどれもが、冷たさと懐かしさをあわせもったような場所に思えます。

ほんわかとした暖かい空気を感じながら

 こうした光景というか舞台は、いくつか英国文学やシェークスピア劇などに接したことがあれば、容易に理解できること、映画『ロード・オブ・ザ・リング』、各国の民話や伝承にも通じる基本的な舞台であることから、懐かしく感じるのかもしれません。

 さらに、この作品は常に冷たい風の中に登場人物たちはさらされているようなのに、読者は背後からなにかしら、ほんわかとした暖かい空気を感じながら読み進めることができます。それはおそらく、著者の眼差しなのではないかと思われます。

 記憶を失うことのいい点と悪い点。思い出せない苦しみもあれば、忘れることで得られる平和もあります。ですから登場人物たちは、いつもその中で苦しみ、もがきながら旅をするのです。

 すべてが老いていく。なにもかもが過去になる。でも、その過去の記憶が甦ることで時代は変化する。新しい人たちのエネルギーになることもあり得る……。

言葉の持つ重層的な意味をうまく使っている

 この作品のとくに優れた点は、言葉の持つ重層的な意味をうまく使っていること。視点の転換の鮮やかさ。登場人物たちそれぞれに、いろいろな思いがあるのでしょうが、それをさまざまな表現で読者に伝える巧みさ。細かい仕掛けにもそれぞれに、深みがあり、意味が感じられる点も、ふと読む手を止めて思いにふけりたくなる時なども生じるでしょう。

 この人物たちのセリフ。行動の所作。間合い。楽しめて、難解に読もうと思えばそうもできますし、物語として楽しむこともできます。学ぶ点もとても多いでしょう。とくに創作をしている人にとっては。

 そして最後の場面。ここの解釈も読者によって違うかもしれません。結局、男と女の普遍的な話なのでしょうか。それとも――。

 私としては、この場面は、この世とあの世の境目だろうと思うのですが、ではどっちがこの世で、どっちがあの世かは、判然としません。決められないのではないか。不思議な存在が存在している空間は、すでにこの世ではないかもしれないし。

 そのほかここに書き切れないほどのことを思いましたが、読者にそんな気持ちを起こさせるパワーが、この本には秘められていると言えます。

本書をお読みになったあとにお読みください

…………ご注意…………
この先は、まだ本書をお読みになっていない方にとっては、
興を削ぐ可能性のある可能性がありますので、
できれば読後にご覧ください。
…… …… …… …… ……

 どうしても書いておきたいので、具体的に書きます。

 印象的なものがいろいろあります。たとえば、荒野で出会う女たちです。この者たちは、何者なのか。みなさんはどう考えますか? 雨宿りで出会う老婆、流された川のほとりの舟の中の老婆をはじめ、折に触れてさまざまな形で現れるのです。
 修道院のシーンも印象的ですね。『薔薇の名前』を彷彿とさせつつ、でも時代が全然違うから(本作はさらに600年ぐらい前でしょうか。室町時代と聖徳太子の頃ぐらいの違いでしょうか)。とくに、塔の場面。これは描き方によっては、スリリングなシーンになりますが、著者はそうは描いていません。そこがまた、いい。
 なんといっても、終盤の2つの死のシーン。守る者を倒し、息絶えつつある竜にトドメを刺す。この一連の場面は、黒澤明に描いてほしいぐらいです。このあたり、実は派手な描写はないのですが、言葉の重さに圧倒されてしまうんですよね。もし冒険活劇なら、どんどん先を読もうとしてページをめくってしまう。だけどこの本ではもっと静かに、深く進むほうがふさわしいように思います。

『忘れられた巨人』(カズオ イシグロ著、土屋 政雄訳)

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本間 舜久

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投稿者プロフィール

小説を書いています。ライターもしています。ペンネームです。
カクヨム

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