破天荒。残酷。ユーモア。暴力的。哀しみ。そして悲しみ。『ティモレオン―センチメンタル・ジャーニー』(ダン・ローズ著)

Umbria Italy Monte Subasio Horses  - tonixjesse / Pixabay

『ティモレオン―センチメンタル・ジャーニー』 (ダン・ローズ著、金原瑞人・石田文子翻訳)

 2006年4月刊行の中公文庫で読む。

 なんという破天荒。残酷。ユーモア。暴力的。哀しみ。そして悲しみ。
 この作品は、犬が主人公で大活躍する涙と笑いの物語──などではない。犬が主人公であるが、愛犬家にとっては、厳しい作品なので万人はオススメできない。しかし、小説を楽しむリテラシーのある人なら読むべき作品だ。
 文庫解説の江國香織氏は「本棚に『ティモレオン』を一冊所有することによって、私はたしかに世界を所有している。『ティモレオン』一冊分の、圧倒的にして完璧な『世界』を」と記している。
 ファンタジー的な創作世界ではない。私たちが生きているこの世界、という意味の世界だ。寓意も教訓の押しつけもない。
 なお、共通した形式(犬が旅をするストーリーほか)の別作品『少年と犬』(馳星周著)と比べて読むのもおもしろい。

第一部と第二部からなる

 拾われた雑種の犬は「ティモレオン・ヴィエッタ」と名付けられる。彼を飼うのは、老人だ。コウクロフトという男は、かつて一世を風靡した作曲家で、ある事件によって活躍の場を奪われ、イタリアの田舎にある別荘で印税で細々と暮らしている。第一部では、そこにボスニア人と名乗る男が突然現われ、コウクロフトは同性愛者でもあったので、もしかしたらかつてどこかで会った男かもしれないと考え(ちょうど久しく孤独でもあったので)宿泊させる。第一部では、2人の男と犬の日常が描かれる。問題は、新たに現われた男が犬を嫌っていることである。
 第二部では、犬はひたすら歩く。彼はある意味の「世界」を旅する。それは家を目指す旅だ。彼にはそこしか目的がないのだ。その間に、さまざまな人たちと出会ったり、すれ違う。いくつものドラマがそこにある。だが、ティオレモンは直接関わることはない。影のように、人々の中を潜り抜け、町を通過していく。そして最後のエピソードへと辿り着く。旅の終わりだ。

深い愛と消えていく残酷さ

 人間は悲劇とともに歩む。捨てられたティモレオンは必死に帰る。愛というものは、どうして残酷に消えていくのだろう。
 この作品は多様な人物が登場し、家を目指すティモレオンと一瞬交錯する。深くは関わらないのだが、その交錯する人たちにはそれぞれに深い愛と消えていく残酷さがあり、彼らの放った愛はどこへ行ってしまうのだろう、と思わずにいられない。読む人によって、登場してくるどの人に魅了されるか、心に残るかは違ってくる。
 とんでもない作品である。間違いなく小説というものが持つ価値について考えさせる。誰もが愛する「ちょっといい話」などは一切出て来ない。それに近い話もあるにはあるが、メインではない。これはなんといっても小説なのだ。小説という凶器が、鋭くその刃先を輝かせていることを思い知らされる。

ネタバレ! 作家は誰もが望む結末にしなければならないのか?

 最後の章、帰り着く手前で自称ボスニア人に殺されてしまう。とてもむごたらしく殺される。この犬の愛は、どこへ行ったのだろう。
 作家は誰もが望む結末にしなければならないのか? そんな言葉が浮かんだ。
 そんなことはない。いやむしろそれでは小説を書く意味がないだろう。いや、そもそも書く意味など、どこにあるのだろう。
 小説は、過去の作品と同じ結末にはならない。生まれてくるたびに、新たな終わり方を必然とする。
 この作品の凄味は、神視点でありながら著者の顔が一切出て来ないことだ。たとえば同じように意地悪な作品を手がけるロアルド・ダールのような、なんとなく作者の分身っぽい人が出てきたり、作者の声を登場人物が代弁しているように感じる場面があったりするものだが、この作品は非情にもストイックにもそうした表現がほとんどない。登場する人物たちの言葉であり行動に徹している。ティモレオンという犬がなにを考えてどう感じているのかわからないのと同じように……。
 その意味で、この小説の持つ「世界」は、極めて刺激的で驚きに満ちている。

 ※本作では何ヵ所か、犬にチョコレートをあげる場面がある。現在は犬はチョコレートで中毒を起こす恐れが強いので食べさせてはいけないとされている。くれぐれも真似をしないように。

(2021年3月6日、2021年3月7日修正)

 

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本間 舜久

投稿者プロフィール

小説を書いています。ライターもしています。ペンネームです。
カクヨム

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