以前、「ベーシックインカムで失うものはなにか?」を書きましたが、2020年1月、中国武漢から世界に広がった新型コロナウイルスによるパンデミックと、その対応策を見ていると、ウイルスが私たちの社会を大きく変革させようとしていることを感じました。そこで、今回は「ベーシックインカムで得るものはなにか?」と正反対のスタンスで、思うところを気したいと思います。
 結論から言えば、ベーシックインカムを巧みに運営することで、私たちは富の再配分に積極的に参加できるようになり、突発的な災害などによる日々の不安を最小限にすることができ、社会保障制度をシンプルにし、企業の負担も減らせることが可能になるかもしれません。

富の再配分は誰がすべきか?

 古くて新しい「小さな政府」ですが、多くを市場と国民に任せて、政府は最小限で構成し、国民の活動にも最小限の干渉ですませようという考えがありました。ですが、世の中、グローバル社会となってからは、むしろ政府は各国のアイデンティティーの拠り所となっていき、縮小というよりは拡大の傾向が見えます。日本では政府は行政を司る存在で、立法の府ですが、立法の多くは行政の力を借りなければならず、現実としては立法を進めているのは行政です。この点ですでに政府は必要十分に小さくなっているとも言えます。現実には国会議員はほとんど減らず、道州制なども議論はあってもまったく進んでいませんので、中央集権の大きな政府として機能しています。

 とくに経済で重要なのは、富の再配分です。格差社会が言われて久しいものの、政府には格差社会を解消する力が十分にはありません。政府のスポンサーは格差社会をよしとする大資本であり、国際競争力を維持するためにも、また政策的に雇用を確保するためにも、さらに税制上も、その方が都合がいいのです。格差が生じて不満が増えたときに、政府は最下層への対策を行うだけでいいので楽です。この傾向は、選挙における「一票の重み」について政府があまり熱心に取り組んで来なかったことと同じく、自分たちの利益を優先している結果です。このため、政府が言う「国民」と現実に存在する「国民」は必ずしもイコールではありません。

 この結果、富の再配分は公平に行われてはおらず、政府は税制と社会福祉予算などでの対応に限定され、企業など民間の力を頼っているのが現状でしょう。民主主義のスタンスとしては、富の再配分こそ民主的に実施すべきなのですが、これまではそれを有効に実行するシステムがありませんでした。もしそのシステムを作ろうとすれば、膨大な経費がかかってしまい、政府・行政はさらに大きくなってしまう、といったジレンマがあったからです。しかし、それは過去の話です。

ウイルス対策で要請した自粛の補填策

 2020年2月末から、日本でも新型コロナウイルス「COVID-19」に関連して、在宅勤務の推奨、イベントなどの自粛、学校の休校などが要請され、当初は2週間ほどで解除される可能性があったもののその間に欧米でも感染が拡大し世界的な問題となり、WHOもパンデミックであることを認めました。さらに海外では工場や会社の閉鎖や市民の活動を大幅に制限する例が増え、世界経済としても大きなマイナスとなったことから、連日、株価が歴史的な下げとなり、各国で経済対策が求められるようになっていきました。

 このとき、日本でも現金の給付案が浮上しましたが、「本当に困っている人に回るのか」「富裕層には不要ではないか」「貯蓄に回ったら効果がないのでは」といった批判がすぐさまステレオタイプに表出したのです。いずれの批判もそれほど根拠があるわけではありません。もちろん現金給付による経済対策の効果も同様にそれほどの根拠はありません。つまり、どちらもそれほど根拠はなく、しいて上げれば「なにもしないではいられない」といったところなのです。
 でも、「なにもしないではいられないから、なにかしよう」は、とても重要です。
「なにかを強いられたとき」や「不安が蔓延しているとき」に有効な手段は、はっきり2つありjます。「問題を解決する」か「手を差し伸べる」です。病気で例えるのは気が引けますが……。治療法が明らかな病気なら「問題を解決する」つまり治療することが解決策になります。一方、治療法が明らかではない病気、ある程度わかっているがいまは治療できない病気、とてつもなくコストがかかって治療できない病気の場合には問題は解決できないので、「手を差し伸べる」ことが最善の道になります。
 この意味から、わかりやすい行動を政府がすることで、国民は心理的に安定を保てるかもしれません。現金給付などの補填策は「手を差し伸べる」ことになるからです。これも例は悪いのですが、信仰がそれに似ていますよね。信じている対象(神様など)が、困窮している者(信者たち)に「手を差し伸べる」ことによって救われる、ってことです。実際には解決になっておらず、むしろ解決を遅らせてしまう危険性もありますが……。それでも、一時的には「手を差し伸べる」ことは有効です。さらに誤解をおそれずに言えば「求めよ、さらば与えられん」といった考えによる一時的な癒しや施しは、歴史的にも一定の効果が見られています。
 経済的な補填のためには、困窮している者、被害を受けた者だけに必要な手当をすればいいのですが、パニック状態にあるときには、それを選出して手当をするために時間を失っていく危険も同時に存在しています(また時間を稼ぐことで事態が収束している可能性もあります)。
 手っ取り早く、現金を給付しよう、という案は、まさに「手を差し伸べる」効果と即効性が期待されているわけです。経済効果だけでは判断できないのです。
 とはいえ、現金をみんなに配るにしても、手続きは必要になります。国民ではない人には渡せない。1度受け取った人に二重に渡すことはできない。渡す順番(一斉なのか、地域別なのか、なにかしら段階があるのか)などなど、これも実は時間を失う可能性は高いでしょう。
 ここで政府は、ウソつきにはなりたくありません。アナウンス効果だけを狙って「給付します」とか「減税します」と言って、その手続きに入って時間稼ぎをし、結果的に事態が収束し、「もう、いらないですね、やめましょう」とは言えないのです。だから、やるからには、事態が収束しても「恥をかかない程度に」実行し得る範囲に留めたいのです。経済効果などは大した問題ではありません。自分たちが次の選挙で批判されず、むしろ喜ばれる道を見つけたいのです。

もしもベーシックインカムがあれば?

 災害時などで、仕事が奪われる、生活に困窮する、不安が増大する、といった場合に、その都度、国家予算を使って給付をする、または貸付という名の事実上の補填をする、といったことを繰り返すよりも、国民全員にマイナンバーカードを配布し、そのカードで使えるベーシックインカムを設定することで、こうした面倒を避け、常に不安を最小にする政策が取れるかもしれません。
 あくまでも例えば、ですが、年金制度、雇用保険、生活保護への給付を廃止し、15歳以上の国民全員にベーシックインカムを設定します。成人したり、結婚したりパートナーを得ると基本給付金が上昇します。そして通常は働くことで得られる追加分(現在手取りが20万円の給与の人なら、たとえば15万円がベーシックインカムで、企業からは5万円を貰える、みたいな。そして企業はその人に払うべきだった給与部分と厚生年金負担部分などに相当する金額を国・地域に納める……納めない企業は雇用ができない)が得られなくなったときに、その事情に応じてプラスの給付が得られるようにするわけです。ある地域に住んでいて、そこが水害などで経済活動ができなくなった、引っ越しや生活費でいろいろ必要になった、というときに政府はその地域の人たちだけ給付を増やすことができるわけです。
 これにより、経済的な不安による行動(老後資金が心配なので投資・貯蓄する、保険に入る、年金の積み立てを増やす、節税する、犯罪的な金儲けに走る、自殺するなど)を回避できれば社会的な損失を少なくする効果があります。
 企業側は、さきほどの例でいけば、本来その人に払うべき給与と負担すべき厚生年金分などを国に納めていけばいいわけで(名目は変わるでしょうが)、一種の法人税となります。また非正規雇用、フリーランスなどは、ベーシックインカムを司る省庁がいわば雇用しているような状態にし、こうした人の収入はいったん国に入ってからプラスして支給されます。
 つまり、みなさんがいまやっている年末調整や確定申告は不要になり、社会保険の負担も自動化(ベーシックインカムと相殺)されて不要となります。
 ベーシックインカム15万円に加えて、仕事で30万円得られたとすれば、その30万円から自動的に所得税などを引かれて支給されるわけです。さらに相続については、ベーシックインカムで得た分は相続できず、それ以外の収入で得た部分のみになりますが、かなり計算は簡単になるのではないかと思われます。
 この結果、新型ウイルスなど不可抗力で予測不可能な災害に遭遇しても、ベーシックインカムがあるので、それ以外の部分をどうするかだけ議論し合理的に対処できればいい(それだけ時間をかけられる)ことになります。

固定化に対する懸念を払拭する仕組みも

 一方、下手にベーシックインカムを導入すると、現在、富裕層と低所得層がそのまま固定化されて、チャンスが失われることから「意欲」を損なう可能性もゼロではありません。固定化を排除し、流動性を生み出すための仕組みも必要になりますが、それはいますでにあるシステムでも対応できそうです。低所得層が富裕層になるために必要なことは、学力、技能、起業、芸能、スポンサー、パトロン、支援者、後援者などさまざまなことが運良く劇的に高まることでしょうから、勉学や技術取得は当然ですが、発明、ビジネスモデル開発といった王道、人気(芸能など)を含めてチャンスを増やすことを奨励する社会になることが重要です。クラウドファンディングやYouTubeはすでにそれに近いモデルを作っていると思います。

政治、政府の機能を縮小させる

 さらに、冒頭で書いた「富の再分配」についても同様です。ベーシックインカムを貰いながら、節約生活をすることでもしも余裕が生まれたとき、そのお金をどう使うかが問われることになります。このとき、寄付、ふるさと納税など自治体への応援、クラウドファンディング、芸能人やアスリートへの応援カンパ(グッズ購入)など、楽しく「使う」ことを広めていくことで経済活動を促進できるかもしれません。
 多くの人にベーシックインカムの話をすれば、「なんにもしないで生活する怠け者」のイメージかもしれませんが、そこを「アクティブに行動する経済人」に転換できればいいのです。ボランティア活動をするためにベーシックインカムだけで生活してもぜんぜんいいわけですし、仕事から十分な収益を得ている人は、寄付したり社会的なファンド(基金)に参加したり、社会に還元する方法はいくらでもあります。ベーシックインカムによる収入分はどうせ相続はできないので、貯めても意味がありません。いかに有意義に、あるいはおもしろく使うかが、その人の社会的評価につながるようになればいいのです。SNSにはその力があるでしょう。
 こうなると、現在の政治、政府の機能をある意味で縮小できると考えれます。なんでもかんでも政治家に頼む、政府に頼むといった事態を減らせるはずです。これまで業界団体などは圧力を政府に向けることで自分たちが不利にならないように働きかけることができていますが、今後は、一般大衆に向けて訴えていくことでそれが可能になるかもしれません。政治家は汚職や癒着から解放されるので、純粋に立法や行政監視の専門家としての地位を確立できる可能性が出てきます。そして国防や外交など、一般大衆では決められないテーマに専念できることで、多くの尊敬を得る可能性も出てきます。人格攻撃や足の引っ張り合い、主義主張の違いによる当てこすりなどは減っていくかもしれません。
 あくまでも、今回はいい面を中心に考えてみました。ただ、これまでは、国民の声を反映させる手段が限られていたので実現しにくかったことが、インターネットの普及、IT技術の発達によってある程度は可能になってきていることを踏まえれば絵空事ではなくなっているのです。
(2020/03/26)

参考になる本

 

 

 

 

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ますもと・てつろう

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「かきっと!」の編集長です。記事もいろいろ書いています。

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