生きるために必要な考える力「現代思想入門(講談社現代新書)」(千葉雅也著)

「現代思想入門(講談社現代新書)」(千葉雅也著)
感想1 生きるために必要な考える力
ともすると周囲の空気に流されて、同調圧力に負けて、食べたいものでさえも自分で考えて選んでいるのか極めて怪しい私たちにとって、そもそも考えるとはどういうことか、改めて問われているのだと「現代思想入門」(千葉雅也著)を読んで感じた。
考えるための力が足りないと、誰かの考え方をそのままなぞって同じ結論に到達する。それで満足することもある一方、そうではない選択もできたかもしれないと納得できていない自分もある。
現代思想を学ぶことでなにが得られるのか。それは「単純化できない現実の難しさを、以前より『高い解像度』で捉えられるようになるでしょう。」と言う。そして「『差異』に注目する。それが今、人生の多様性を守るために必要」とする。そして現代思想のスタンスを「いったん徹底的に既成の秩序を疑うからこそ、ラディカルに『共』の可能性を考え直すことができる」と著者。
歯切れのいい、明解な表現で貫かれた優れた入門書である。優れた入門書とは、読みやすく、わかりやすく、入門の先を明示してくれる。
それは難解なことをただシンプルにするのではなく、難解なものは難解であることを明示し、ならばどこから取り付くべきかを示唆してくれる。高く険しい山を前にして「とても登れない」と感じても、ベテランからルートを示されると、自分でも登れそうなところもあることに気付かされる。それと同じような気持ちを入門書から得られるとすれば、入門書としてはとても優れているはずだ。そして本書はまさにそれである。
参照してほしいインタビュー「千葉雅也「なぜあなたは哲学を学ぶべきなのか」(東洋経済) 「そもそも人間の思考システムというのは、二項対立で考えるようにできているのです。」「なにかちょっと異質なことを言うのって、意味があると思いますよ。」など、本書と合わせて読んでおきたい。
目次
はじめに 今なぜ現代思想か
第一章 デリダーー概念の脱構築
第二章 ドゥルーズーー存在の脱構築
第三章 フーコーーー社会の脱構築
ここまでのまとめ
第四章 現代思想の源流ーーニーチェ、フロイト、マルクス
第五章 精神分析と現代思想ーーラカン、ルジャンドル
第六章 現代思想のつくり方
第七章 ポスト・ポスト構造主義
付録 現代思想の読み方
おわりに 秩序と逸脱
感想2 構成のよさ
考えることを教えてくれる本書「現代思想入門」(千葉雅也著)は、とてもよく考えられている。現代思想という漠然とした世界を、デリダ、ドゥルーズ、フーコーに絞って「脱構築」について描く前半(第一章~第三章)、さらに構造主義からポスト構造主義、さらにポスト・ポスト構造主義へと辿る後半。
現代思想のつくられ方を解き明かすことで、入門後に読者はどのような方向を目指すことができるのか、示唆してくれている。もちろんそこはさらに難度の高い世界であるが、それはどうやら私たちの目の前に存在していることを教えてくれる。
過去から学び方を示し、これからその学びをどちらへ向けていけばいいのかを示してくれている。
学ぶにあたって文献の読み方について丁寧にガイドしてくれている。難しそうに書かれた本も、その難しさの種類を見極めることができれば、いまの自分のレベルで理解できるところから読み進めることができそうだ。
最後の最後まで、ちょっといいことが書いてある。ぎっしりと詰まった重箱のような豪華さだ。
なお、この下に本書に登場する主な書籍をまとめたので、次に進んで行くことができればさらにいい。
感想3 蛇足的感想・希望と絶望
口当たりのいいシャンパンを思わせる筆致で、少し読者が戸惑う場面にすかさず手を差し伸べつつ、難しい部分を噛み砕きすぎず、読者自らが一歩を踏み出して少し高い場所へ進むように促す(あとで、著者はTwitterで「僕は椎名誠や群ようこで育ったので」と呟いていた)。
僕は椎名誠や群ようこで育ったので。
— 千葉雅也『現代思想入門』発売 (@masayachiba) July 10, 2022
「現代思想入門」(千葉雅也著)は、内容もさることながらそもそもの立ち位置、視点がいい。このようなスタンスで丁寧に描かれた入門書は少ないと感じる。
「入門」といっておきながら入門を拒む、突き放すような本の方がむしろ多いのではないか。少なくとも本書を読んでしまうとこれまでの入門書の辛さ、苦さが際だってしまうに違いない。
もちろんただ甘くすればいいわけではないから、その点についてもほどよくパチパチと弾けて読者はある種の痛みを覚える。それは人によってはあまり喉ごしのよくない考え方であるかもしれない。ある人には自分の至らなさを突かれるような痛みかもしれない。ある人には入門の先にある道が遥かに遠く感じられて、それだけの時間を自分は割けるだろうかといった一種の絶望かもしれない。それでも、本書は読んおきたい一冊だ。
感想4 さらに蛇足的感想・なぜ人は考えるのか
そもそも読むのに時間のかかる人間であるが、本書「現代思想入門」(千葉雅也著)も3カ月ぐらい読んでいた(ほかに数冊別の本も並行して読んでいるとはいえ)。飽きることなく楽しめた。
人は考えることのできる生き物だと気付き、その考えも人によってさまざまな違いがあると気付いたときから、思想への探究は始まっているだろう。シンプルな宗教では満足できなくなってから(神の存在を心から信じられなくなった人が増えてから)はとくに、だったらなぜ人は考えるのか、あるいは神を信じているとしても、なぜ神は人に考える力を与えたのか、と疑問を抱いたに違いない。人は考えることで、どこに到達できるのだろう?
神は全知全能かもしれないが、人間の知る範囲も能力も限界がある。有限であることを前提にどこまで考えを進められるのか。
そうした営みは、恐らく現在私たちが属している人類が続く限り、終わりなく続くのだろう。あるいは、それを考えなくなったとき、いまの人類は終わるのだろう。ときどきは、そうした長いスパンで物事を見たり感じたりすることも必要だ。なにしろ、私たちの寿命は限られているのだから。
(Kindle版で読む。2022/06/16、2022/07/11追記)
本書に登場する主な書籍 63冊
悲劇の誕生 (岩波文庫) 文庫 – 1966/6/16 ニーチェ (著), Friedrich Nietzsche (原著), 秋山 英夫 (翻訳) | 規則と意味のパラドックス (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2016/9/7 飯田 隆 (著) | ジェンダー・トラブル 新装版 ―フェミニズムとアイデンティティの攪乱― 単行本 – 2018/2/21 ジュディス・バトラー (著), 竹村和子 (翻訳) | ストーリーメーカー 創作のための物語論 (星海社新書) 新書 – 2013/12/26 大塚 英志 (著) | 声と現象 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2005/6/8 ジャック・デリダ (著), 林 好雄 (翻訳) | グラマトロジーについて 上 単行本 – 2012/6/25 ジャック・デリダ (著) |
エクリチュールと差異 (叢書・ウニベルシタス) 単行本 – 2013/12/24 ジャック デリダ (著), Jacques Derrida (原著), 合田 正人 (翻訳) | デリダ 脱構築と正義 (講談社学術文庫) 文庫 – 2015/5/9 高橋 哲哉 (著) | 差異と反復 上下合本版 (河出文庫) Kindle版 ジル・ドゥルーズ (著), 財津理 (翻訳) | ポジシオン 単行本 – 2000/2/1 ジャック デリダ (著), Jacques Derrida (原著), 高橋 允昭 (翻訳) | 散種 (叢書・ウニベルシタス) 単行本 – 2013/2/20 ジャック デリダ (著), Jacques Derrida (原著), 藤本 一勇 (翻訳), 立花 史 (翻訳), 郷原 佳以 (翻訳) | 全体性と無限 (講談社学術文庫) 文庫 – 2020/4/10 エマニュエル・レヴィナス (著), 藤岡 俊博 (翻訳) |
構造と力―記号論を超えて 単行本 – 1983/9/10 浅田 彰 (著) | 千のプラトー 上 —資本主義と分裂症 (河出文庫) 文庫 – 2010/9/3 ジル・ドゥルーズ (著), フェリックス・ガタリ (著), 宇野 邦一 (翻訳), 小沢 秋広 (翻訳), & 4 その他 | 差異と反復 上 (河出文庫) 文庫 – 2010/8/3 ジル ドゥルーズ (著), Gilles Deleuze (原著), 財津 理 (翻訳) | 意味の論理学 上 (河出文庫) 文庫 – 2010/8/3 ジル ドゥルーズ (著), Gilles Deleuze (原著), 小泉 義之 (翻訳) | 経験論と主体性―ヒュームにおける人間的自然についての試論 単行本 – 2000/1/1 ジル ドゥルーズ (著), Gilles Deleuze (原著), 木田 元 (翻訳), 財津 理 (翻訳) | ベルクソニズム (叢書・ウニベルシタス) 単行本 – 2017/7/20 ジル ドゥルーズ (著), 檜垣 立哉 (翻訳), 小林 卓也 (翻訳) |
アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症 (河出文庫) 文庫 – 2006/10/5 ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ (著), 宇野 邦一 (翻訳) | シネマ 1*運動イメージ(叢書・ウニベルシタス 855) 単行本 – 2008/10/1 ジル・ドゥルーズ (著), 財津 理 (翻訳), 齋藤 範 (翻訳) | ドゥルーズキーワード89 単行本 – 2015/3/19 芳川 泰久 (著), 堀 千晶 (著) | ドゥルーズ (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2019/11/8 檜垣 立哉 (著) | ドゥルーズの哲学原理 (岩波現代全書) 単行本(ソフトカバー) – 2013/6/19 國分 功一郎 (著) | ドゥルーズ 流動の哲学 [増補改訂] (講談社学術文庫) 文庫 – 2020/2/12 宇野 邦一 (著) |
ディアローグ—ドゥルーズの思想 (河出文庫) 文庫 – 2011/12/3 ジル ドゥルーズ (著), クレール パルネ (著), 江川 隆男 (翻訳), 増田 靖彦 (翻訳) | ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論 (星海社新書) 新書 – 2021/7/23 千葉 雅也 (著), 山内 朋樹 (著), 読書猿 (著), 瀬下 翔太 (著) | 勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版 (文春文庫) 文庫 – 2020/3/10 千葉 雅也 (著) | 自分の薬をつくる 単行本 – 2020/7/14 坂口 恭平 (著) | 動きすぎてはいけない: ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学 (河出文庫) 文庫 – 2017/9/6 千葉 雅也 (著) | 記号と事件: 1972-1990年の対話 (河出文庫) 文庫 – 2010/8/3 ジル ドゥルーズ (著), Gilles Deleuze (原著), 宮林 寛 (翻訳) |
性の歴史 1 知への意志 単行本 – 1986/9/12 ミシェル・フーコー (著), 渡辺 守章 (著), Michel Foucault (原著) | 性の歴史 4 肉の告白 単行本 – 2020/12/21 フレデリック グロ (編集), Michel Foucault (原著), Fr´ed´eric Gros (原著), ミシェル フーコー (著), & 1 その他 | 狂気の歴史<新装版>: 古典主義時代における 単行本 – 2020/7/30 Michel Foucault (原著), ミシェル フーコー (著), 田村 俶 (翻訳) | 言葉と物〈新装版〉: 人文科学の考古学 単行本 – 2020/2/27 ミシェル・フーコー (著), 渡辺一民 (翻訳), 佐々木 明 (翻訳) | 知の考古学 (河出文庫) 文庫 – 2012/9/5 ミシェル・フーコー (著), 慎改 康之 (翻訳) | 監獄の誕生<新装版> : 監視と処罰 単行本 – 2020/4/24 Michel Foucault (原著), ミシェル フーコー (著), 田村 俶 (翻訳) |
ミシェル・フーコー: 自己から脱け出すための哲学 (岩波新書) 新書 – 2019/10/19 慎改 康之 (著) | 悲劇の誕生 (中公クラシックス) Kindle版 ニーチェ (著), 西尾幹二 (翻訳) | 意志と表象としての世界ⅠⅡⅢ(合本) (中公クラシックス) Kindle版 ショーペンハウアー (著), 鎌田康男 (著), 西尾幹二 (翻訳) | カント 純粋理性批判 シリーズ世界の思想 (角川選書) 単行本 – 2020/12/18 御子柴 善之 (著) | 現代思想1982年2月臨時増刊号 総特集=デリダ読本 | 哲学の教科書—ドゥルーズ初期 (河出文庫) 文庫 – 2010/12/4 ジル・ドゥルーズ (著), 加賀野井 秀一 (翻訳) |
精神分析における生と死 単行本 – 2018/12/3 ジャン・ラプランシュ (著), 十川 幸司 (翻訳), 堀川 聡司 (翻訳), 佐藤 朋子 (翻訳) | ラカン 哲学空間のエクソダス (講談社選書メチエ) 単行本 – 2002/10/1 原 和之 (著) | ラカン入門 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2016/3/9 向井 雅明 (著) | 疾風怒濤精神分析入門:ジャック・ラカン的生き方のススメ 単行本(ソフトカバー) – 2017/9/25 片岡 一竹 (著) | 人はみな妄想する -ジャック・ラカンと鑑別診断の思想- 単行本 – 2015/4/24 松本卓也 (著) | 存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて 単行本 – 1998/10/30 東 浩紀 (著) |
全体性と無限 (講談社学術文庫) 文庫 – 2020/4/10 エマニュエル・レヴィナス (著), 藤岡 俊博 (翻訳) | 存在するとは別の仕方であるいは存在することの彼方へ 単行本 – 1990/7/1 エマニュエル レヴィナス (著), 合田 正人 (翻訳) | 存在の彼方ヘ (講談社学術文庫) 文庫 – 1999/7/9 エマニュエル・レヴィナス (著), 合田 正人 (翻訳) | わたしたちの脳をどうするか―ニューロサイエンスとグローバル資本主義 単行本 – 2005/6/1 カトリーヌ マラブー (著), Catherine Malabou (原著), 桑田 光平 (翻訳), 増田 文一朗 (翻訳) | 有限性の後で: 偶然性の必然性についての試論 単行本 – 2016/1/23 カンタン メイヤスー (著), Quentin Meillassoux (原著), 千葉 雅也 (翻訳), 大橋 完太郎 (翻訳), & 1 その他 | 存在と出来事 単行本 – 2019/12/27 アラン・バディウ (著), 藤本 一勇 (翻訳) |
四方対象: オブジェクト指向存在論入門 単行本 – 2017/9/26 グレアム ハーマン (著), Graham Harman (原著), 岡嶋 隆佑 (翻訳), 山下 智弘 (翻訳), & 2 その他 | Philosophy and Non-Philosophy (Univocal) ペーパーバック – 2013/5/1 英語版 Francois Laruelle (著), Taylor Adkins (翻訳) | Principes de la non-philosophie ペーパーバック フランス語版 | ミシェル・フーコー講義集成〈11〉主体の解釈学 (コレージュ・ド・フランス講義1981-82) 単行本 – 2004/1/20 ミシェル・フーコー (著), 廣瀬 浩司 (著), 原 和之 (著), Michel Foucault (著) | 読んでいない本について堂々と語る方法 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2016/10/6 ピエール バイヤール (著), Pierre Bayard (原著), 大浦 康介 (翻訳) | 批評と臨床 (河出文庫 ト 6-10) 文庫 – 2010/5/1 ジル・ドゥルーズ (著), 守中 高明 (翻訳), 谷 昌親 (翻訳) |
バカカイ―ゴンブローヴィチ短篇集 単行本 – 1998/2/1 ヴィトルド ゴンブローヴィチ (著), Witold Gombrowicz (原著), 工藤 幸雄 (翻訳) | 哲学の余白 上〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス 771) 単行本 – 2022/4/26 J.デリダ (著), 高橋 允昭 (翻訳), 藤本 一勇 (翻訳) | 現代思想を読む事典 (講談社現代新書) 新書 – 1988/10/18 今村 仁司 (編集) |
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