この地獄を生きるのだ うつ病、生活保護。死ねなかった私が「再生」するまで。(小林エリコ著)

 タイトルのインパクトが強いですが、本書はまじめに自身の再生を目指して生きる女性からのメッセージです。
 著者自身が体験した実話(ノンフィクション)です。

 

本書の構成など

グッドレビュアー
プロフェッショナルな読者
NetGalley(ネットギャリー)に参加しています。
 NetGalley(ネットギャリー)で、発刊前のゲラ状態で読ませていただきました。

 ゲラは224ページ。

<目次>
はじめに
第1章 精神障害、生活保護、自殺未遂
第2章 ケースワーカーとの不和
第3章 「お菓子屋さん」とクリニックのビジネス
第4章 漫画の単行本をつくる仕事
第5章 普通に働き、普通に生きる
第6章 ケースワーカーに談判、そして
第7章 人生にイエスと叫べ!
おわりに
特別収録 コミック「女編集者残酷物語」

著者は小林エリコ(1977年生まれ)
著者ツイッター

著者のnote

本書の専用サイト

 

レビュー1 普通に生きることの難しい現代に、強いメッセージ

 現代の日本を独特の切り口で鮮やかに描いている。この断面はありそうでなかった。ブラック企業から自殺未遂、そして精神障害者へ。すべるように社会の底へ潜り込んでいく。
 クリニックはまるで「カッコーの巣の上で」だ。そこにいたからこそ感じる疑問。医療と製薬会社の癒着。究極の内部告発とも言える。そうした社会性に加えて、なんとか乗り越えて自分の人生を好きなように生きたいと望む。
 P84にある言葉は重要だ。この実態を問題視する声はまだあまり大きくなっていないような気がする。
 普通に生きることを望むことさえ贅沢なのか。生活保護を受ければ生きてはいける。だが、誰もそこから抜け出す方法を教えてはくれない。むしろ固定化しようと圧力をかけてくる。日本社会の不完全性が、くっきりと浮かび上がる。
 と同時に、後半、光明が見えてからは「がんばれ」と読みながら祈る。
「私はもう一度誇りを取り戻したいのだ」(P147)
 そして「生活保護廃止決定」の通知。
「もしかしたら、いまが泣くときなのかもしれない」(P170)。
 読んでいて我が事のようにうれしくなる。
 もっとも好きなシーンは、P98-99。「ひととおり働き終えたあとは気分がすっきりして、ふくふくとした達成感が沸き起こった」。そして、「そうめんをグラグラ茹でる」ところ。やっと日常が、そして生活の実感が湧いてくる。
 おもしろいのは、前半はクリニックでお菓子の店をやる部分と、後半のマンガの単行本編集で板挟みになって苦労する部分が、みごとに対比されている点。前者は牧歌的で美しい光景に見えてその内実は非人間的で出口のない地獄なのに対して、後者は泥沼のような地獄に見えて実は生きている実感を味わう人間らしさがあふれている。
 普通に生きることの難しい現代に、強いメッセージをこの本は送っている。

 

レビュー2 3つの不思議な魅力

 この本には、不思議な魅力がある。それは著者がマンガの編集のできる人であることに起因していると思う。
 第一に、いわばインサイダーというか当事者として、自分の身に起きたことを通じての告発がある。日本の社会はいまだに完全ではない。クリニックは、生涯ここでしか生きられない状況へ導き、患者として固定しようと努める。そこから出ていくための手立てはない。生活保護も、困窮した人の命を救う制度としては整っているが、保護から脱出する方法を教えてくれる人はいない。自力で抜け出すしかない。つまり貧困の固定化だ。
 本書を読んでいれば、生活保護の不正受給の温床は制度にも内在していることがわかる。人の手が足りず、また専門知識の不足した人材が多いこともあるのだろう。役所としては、おとなしく生活保護を受けてくれる人がいい人であり、なんだかんだと言ってくる人は仕事を増やす面倒な人、となっている可能性を感じた。
 第二に、私小説としての魅力である。著者は、きつい状況でどう感じたのか。自殺未遂を繰り返す自分をどう考えているのか。母親との関係(そこには不在の父親の影もある)。仕事との関係。他人との関係などなど、「個」としての自分の存在を見つめて、思い、悩む。その姿は、人間としての根本を考えさせられ、同時に誰にとっても大切なものがそこにあることが明らかになる。そして再生と成長の物語である。
 第三に、マンガとの関係もあるだろうが、決めゼリフが随所にあり、それがおもしろいのである。
 この本の、どの言葉が刺さったかを読者それぞれに考えてみてはいかがだろう。

 

突き刺さった言葉

 私の場合をいくつか挙げてみる。

──以下、本書からの引用──

「今月号を出したら死のう」(P6)

 生活保護を受けて始めてわかったのは、この先に明るい未来などないということだった。(P27)

 そうだ、私は父が嫌いなんだ。(P37)

 私はありとあらゆる権利を子供の頃に諦めた。(P49)

 もしかすると、私たちは食べ物によって飼い慣らされているのかもしれない。(P76)

 しかし健常者と障害者の境目はあるようでない。あるのは立場の違いだけである。(P118)

 人はただ漠然と生きることを苦痛に感じる。仕事があることで人は孤立しないで済む。(P132)

 普通に働いて、普通に生きたかった。その「普通」が、いかに手に入れるのが困難なものかを知った。(P136)

──引用ここまで──

 

著者が編集した『うつまま日記。』

 本書では、この『うつまま日記。』を編集するエピソードが終盤にあります。この仕事を通じて、著者はいよいよ自分の足で立つことになっていくのです。ですが、それはとても困難な作業の連続でした。

「この本は、原作者もマンガを描いたのも、編集を担当したのも、3人とも精神疾患をかかえる女性たち。マンガ界初のできごとです!」

 アマゾンでは新本は取り扱っていないようです。
 特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構・コンボで取り扱っています。
 『うつまま日記。』
 ご興味ある方は、こちらからお買い求めになったほうがいいかもしれません。

 

参考になるかもしれない本

 本書に出て来たいくつかのキーワードに関する本を探してみました。

『知っていますか?精神障害者問題一問一答』

『バザーリア講演録 自由こそ治療だ!――イタリア精神保健ことはじめ』

『社会的入院から地域へ: 精神障害のある人々のピアサポート活動』(加藤真規子著)

底辺への競争 格差放置社会ニッポンの末路 (朝日新書、山田昌弘著)

『「生活保護なめんな」ジャンパー事件から考える―絶望から生まれつつある希望』

 そして──。

『この地獄を生きるのだ うつ病、生活保護。死ねなかった私が「再生」するまで。』(小林エリコ著)

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本間 舜久

本間 舜久

投稿者プロフィール

小説を書いています。ライターもしています。ペンネームです。
カクヨム

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