
『ルビンの壺が割れた』(宿野かほる) |
『ルビンの壺が割れた』 (新潮文庫) |
完成版ではなく、その前に期間限定で無料公開されたバージョンを読んで思ったことを書きます。
目次
割れたのは壷じゃなく評価
アマゾンで見る限り、この無料版で獲得したレビューでは、★5つが11、★4つが8、★3つが10、★2つが8、★1つが15(2017/07/28時点)。もちろん3つ以上の方が多いので、賛否両論はまったくかまわないわけですから、予想されたことかもしれません。
これだけ壷が割れる、というより、評価が割れた、ということですね。
このタイトル『ルビンの壺が割れた』は、作中に登場する芝居のタイトルです。どんな芝居なのかは、よくわかりません。
そもそもは、新潮社が特設サイトを設けてキャッチコピーを募集する、というのが趣旨でした。こちらへ(このサイトもいずれなくなるかもしれませんが)。キャッチコピーのノミネート100作品。
「ルビンの壺」は、心理学の言葉。同じ絵なのに、壷だと思えば壷にしか見えず、向かい合った顔だと思えばそうとしか見えないということから、認知心理学で取り上げられているのですね。
作中に登場する劇のタイトルとしつつも、本書のタイトルなので、これは「壷としか見えないものが割れてしまうと、どう見えるのか」と解釈することもできます。
また、向かい合った顔のイメージから、この作品は、男性と女性の往復書簡(ネットのメッセージですが)形式となっています。男性から、「もしかしたら」とFacebookで見つけた女性にメッセージを送る。最初は返事がないが、あるとき返事が来ます。どうやらそうだった、過去のあの女性だった……。
そこから、この2人の過去、2人の関係性について、私たちはメッセージの文面だけを頼りに探っていくのです。
本だからこその愉しみ
読み進むにつれて、微妙に記憶が違っていきます。お互いにそこを指摘していくのですが、こういう作品は映像化が難しそうですね。
一緒になってメッセージを読んでいく、つまり本という形式ならではの愉しみとなっているのではないでしょうか。
最後まで飽きずに読めます。そして、読み終えたら、また最初に戻って確認しないと気が済みません! そういう作品ですね。その点では★5つでもよかったかも。引き出しを開けるところが好きです! なぜ開ける!
しかし、私の好きなタイプの話ではなかったので、私は★3つと辛めにしました。
とくに気になったのは、著者です。「かほる」さんですが、かおる、薫、馨、など男性でも女性でも使う名前をあえて使っています。しかも著者の情報は伏せられているのです。どういう人が書いたのかはわからないまま、私たちは読むしかありません。これは、最終版でも同様なのでしょうか。
もしかしたら、名のある作家が覆面で書いているのか。または、私はもしかしたら、2人の作家による共作ではないか、なんて思ったりもしました。男性と女性でお互いに書いていったのではないか、ということを想像してみたんですけどね。
あとは、まったく違う作品ですが、この『あの人の笑い声』(園崎健吾著)に雰囲気がとても近い感じがして、ちょっと驚いたんですが。
最大の謎は、「なぜ結婚式をドタキャンして消えたのか?」ですけれども、それ以外にも、いろいろと秘密がてんこ盛りなので、目移りして困ってしまいますね。とても上手です。
点数が辛めの理由
ちょっと期待感が高まりすぎました。サイトの案内に「ものすごく面白く、そして、ものすごく奇怪な小説でした。あまりにすごいので、私はいまだ、この作品にふさわしいコピーを書けずにいます。」とあって、すごくハードルを高くしましたね。しかも、読む人それぞれにハードルを高くしたので、そこにもバラツキがあったと思います。
私は、画期的な作品を期待していましたが、結末はちゃんと納得のいく形になっていて、むしろホッとしたというか、「あー、こういう終わりなんだ」という感じになってしまったのでした。
画期的なのは、プロモーションの方法でしょうか。大手の出版社としては、思い切った方法です。一定期間、電子書籍で無料配布。期間が終わったら、タイトルと期間が終わったよ、という案内だけ残る。そしてこのお試し版と8月に刊行される最終版はどこかに変化があるかもしれない……。
こういう方法がうまく結果に結びつくかどうか。そこも興味深いですね。
読んでいる間も、どんどん期待感が高まります。すごい結末じゃないのか、とワクワクしちゃう。それに比べると、結末はそれほど画期的ではなく感じてしまったのです。
「好みではない」とする読者も多いようですけど、多くの人に好まれない作品が悪い作品というわけではないから、それはいいんですけど。私の好みではありませんでした。だからもう5つはムリ。
ミステリーとしてはフェアではない。なにもわからない手探りの中で話が一方的に進んでいきます。ギリギリのフェアだと言えなくもないですが、ちょっと違う気も。
その点ではサスペンス、なのかな。このあたりは、欠点ではなく画期的な作品にすべく模索した結果だろうと思いたいところ。
さらに、登場人物に感情移入できませんでした。何者かわからないからです。語られている話が事実かどうかもわからない。裏切られ続けるのです。
その意味で、評価しにくい作品でした。
では、私好みの不条理な文学か、というと、ぜんぜんそうではない。むしろ理論的で整合性を取ろうとしている。
途中は不条理なんですが最後に合理的な結末が来ますので(納得するかどうかは別として)、もっとハチャメチャな結末かもと期待した人も満たされなかったでしょう。
結末までのプロセス(旅の道中)が楽しければまだしも、そこがけっこう苦難の旅なので……。演劇の話がずっと出てくるのに、手紙の文面にはいかにも演劇をやって来た人らしさがほとんどないので、そこもまた楽しくない。演劇蘊蓄とかちりばめてくれれば、お得感があったかも、なんですけどね。ないものねだりですけど。
それほど文字数の多い作品ではないので、ストレートに楽しめれば満足度は高くなると思います。私のようにグチャグチャ考えないで。
そして、最終版で、もしかしたら、無料版を読んだ人たちがびっくりするような終わり方になっていたら、どうでしょう? いや、あり得るなあ。
いずれにせよ、読んで損はないと思います。
『ルビンの壺が割れた』(宿野かほる) |
『ルビンの壺が割れた』 (新潮文庫) |
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往復書簡、手紙といえば……関連本
往復書簡形式、手紙を扱うミステリーといえば、こんな本が思い浮かびました。
『往復書簡』(湊かなえ著) |
『十二人の手紙』(井上ひさし著) |
『盗まれた手紙』(エドガー・アラン・ポー著、巽孝之訳) |
『モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集II ミステリ編』に収録 青空文庫にも別訳であります
(2017年7月29日執筆、2020年2月9日更新)
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