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『ブレグジット秘録 英国がEU離脱という「悪魔」を解き放つまで』

『ブレグジット秘録 英国がEU離脱という「悪魔」を解き放つまで』(クレイグ・オリヴァー著、江口泰子訳)
追記:
目次
2020年2月1日、イギリスはEUを離脱しました
日本時間2020年2月1日(現地1月31日、中央ヨーロッパ時間では2020年2月1日午前12時)、イギリスはEUから正式に離脱しました。
この本は、その直接的なきっかけとなった2016年の英国での国民投票前後の顛末を描いています。
まさか、本書では優柔不断で根拠なき離脱派のように描かれているボリス・ジョンソン(当時、ロンドン市長)が、決着に失敗したメイ首相のあとに首相となり、彼自身の手で離脱を達成させるとは予想できていません。ジョンソン氏はこのあとメイ首相の下で外相となり、首相となりました。
(以上、2020/02/02 追記)
レビューその1 臨場感タップリ 歯切れのいい文体 ドラマチック
英国はEU離脱を国民投票に計りました。事前予測では残留派が辛勝すると見られていたのに、結果的には離脱派が勝利します。そのとき、なにが起きていたのでしょうか。
この時は第2次キャメロン内閣。その首相官邸の広報責任者である著者が、国民投票の前後を臨場感タップリに描きます。歯切れのいい文体が心地良く読みやすい本です。とはいえ、本文だけで651ページもありますので、読み出したら眠れなくなったり週末を潰してしまうかも。
ドラマチックな内容です。とても多くの人物が出てくるものの、著者自身が中心になっているために視点がブレないので読みやすい。また、注釈も的確。臨場感あふれる政府の中心部に、私たちものめり込むことができる。この本を読んでいる間、ずっとそこにいたような気になれた点がすばらしい。
このような窮地に、どう対応するべきだろうか。誰がその答えを持っているのだろうか。誰も答えがないときはどうするのだろうか。
彼らがしたこと、できなかったことを読者は目撃しつつ、21世紀の民主主義はどうなっていくのかを考えつつ、身近なところでは日々の自分自身の決断に照らしながら読むとさらにおもしろいのではないでしょうか。
レビューその2 沈む豪華客船の話 議会制民主主義のお手本 不満を抱く国民の怒り
沈む豪華客船の話は誰もが好きな話で、映画にもなり、もっとも最近の作品は世界歴代興行収入のトップ3に入っているほどですよね。タイタニックのことです。
この本も、沈む豪華客船の話なのです。すでに氷山にぶつかっていたことを、あとで気づくことになるわけですけど。そして沈まないはずの船が沈みます。
英国は、日本から見ると「議会制民主主義のお手本」とされていますし、洗練された民主主義の例として引用されてきました。ただ、国民を二分する問題に直面したときには、果たしてどうだったのでしょうか。
これは遠い国の特殊な話ではありません。政府、グローバリズム、隣国、そしてメディアや不満を感じている国民たちが持つ「怒り」や「憎悪」の関係性は、どの国でもあることで、英国は「EU離脱」によってそれが露わになり、米国は「アメリカファースト」によってそれが露わになりました。日本でも同様の構図はあるので、なにかを国民として決断しなければならないときに、きっと本書で描かれたような葛藤と同時に、あとから思えばバカげたこともいっぱい起こるのではないでしょうか。
国民投票前の政府の状況、与党野党の状況などが活写されていて、ときどき人間的な描写をうまく取り入れています。このため小説のように読むことができます。冒頭からいきなり引き込まれていくので、長い作品ながらも海外ドラマのように楽しめてしまうことでしょう。
同時に、英国の政治構造、EUと英国、英国式の思考方法、民主主義といったディープな世界への案内役にもなっています。
こうしたカオスのような世界では、問題の本質はどこにあるのか、なにが最重要かを見極める嗅覚がないと生きていけないな、と感じます。
もちろん、著者は意図的に書いていない(書けない)こともあるはず。ベルギーのテロが起きたことは記していますが、その後、テロ対策についてどのようなことが話され、離脱問題とどう絡めて考えたのかはまったく記されていません。また、ファラージュ英独立党党首については、19章に至るまでほとんど触れられていません。つまり離脱派については、もし把握していた事実があったとしても、本書にはいつなにを知ったのかは記していないのです。このほか、ここに書かれていないことを読者は想像してみるのもいいかもしれません。というのも、本書はあくまで官邸から、残留派からの視点だからです。
最後に、著者の言葉が、いまの時代に私たちにも問いかけてきます。
「政治は、彼らを政治に参加させる適切な方法を見つけ出せるだろうか──世界に対する不安や怒りを煽るという、今回の離脱キャンペーンが取ったシニカルな方法以外に。」(P645)
最後まで残留派は、残留票を投じてほしい人たちへメッセージをしっかり伝えることができませんでした。終わってからわかったことでしょうが、そもそも、そこはつながっていなかったのです。つまり、最初から氷山に衝突していたのです。
日常に不満を抱えた有権者たちに、識者や権威や大企業の経営者の声は届きません。予想を遥かに上回る移民が押し寄せてくるかもしれない、その中にはテロリストがいるかもしれない──。そう考えたとき、理性より感情が勝ってしまうのです。まして、残留を主張する人たちを、国民が信じられなくなっているときには。
この時代をどう生きるのか、私たちは問われているのではないでしょうか。
本書の構成など
「Unleashing Demons: The Inside Story of Brexit」(Craig Oliver)の邦訳です。
前書きで、国民投票の夜を描きます。つまりタイタニックが沈んでいくところを。
イントロダクションでは、なぜ国民投票になったのか、をさらりと描いています。このテーマはのちに本文でも繰り返し出てきます。
本文では2016年1月から6月までを32の章でテンポよく活写し、国民投票後を33、34章で扱う。エピローグ、謝辞。ここまでで、651ページ。
さらに在英ジャーナリストの小林恭子の解説がつくはずですが、私の読んだゲラにはその部分はありませんでした。
メディアや党内の敵、すぐそこにいる悪魔
本書を読み終わったあとも、まるでおいしいスープを飲んだのに、皿の底にたまっていたコショウまで飲んだばかりに、はげしくむせてしまうかのように、私たちの心に残るのは黒いイメージです。これが、サブタイトルにもなっている「悪魔」なのかもしれません。
サブタイトルは、当時のキャメロン首相が国民投票をやりたくないと思っていおり、その理由として「まだ見ぬ悪魔を解き放つことになるから」(P23)と著者に言ったところからつけられたようです。サブタイトルからすると、英国離脱そのものが悪魔のようですが、そうではなく、これまで信じていた仲間までもが離脱派となる(つまり裏切る)現実、さらにこの混乱に乗じて名を売ろうとする人たち、根も葉もないことをまことしやかに訴える人たち(あとで訂正したりもしますが)が、あっちこっちから飛び出してくることを「悪魔」と呼んでいるのではないかと思います。
また、そこに輪をかけて混乱させていくのがメディアでありジャーナリズムです。著者の立場上、正しく報道してほしいと考え、メディアの勘違い、間違いを訂正し続けていくことに忙殺されている様子が描かれています。モグラ叩きのように、あっちを潰しても、今度はこっち。大変ですよね。
著者は本書で繰り返し、メディア、ジャーナリズムの詰めの甘さ、センセーショナリズムについて語っています。平等に扱っているようで、実は偏向していることにメディアも気づかないままに時間が経ってしまい、多くの人々は最初の間違った情報だけが残ってしまいます。訂正文まで読む人はほとんどいないのです。
米国ではトランプ大統領が「フェイクニュース」という言葉を流行させています。間違いが正せないことから、マスコミへの不信感が高まり、人々はなにを信じていいのかわからなくなっていくのです。
裏切った人たちについても、最後まで容赦なく著者はその末路を語ります。
よっぽど、悔しかったのでしょう。
とはいえ、この国民投票時に暴れた人たちは、ほぼ全員、表舞台から消えてしまったのも不思議です。残留派も離脱派も、みんないなくなってしまった。漁夫の利ではありませんが、明確な立場で強い発言をしなかったテリーザ・メイがその後の首相となりました。彼女は1人、嵐をやり過ごし、悪魔から身を隠していたのでしょうか。その姿勢を著者は何度も糾弾していますが、我が道を貫いたとも言えます。
2017年9月現在、離脱交渉はまだ途中で、2年かけると言われていますので、最終的にどうなるのかはわかりません。ですが、これはEUと英国だけの問題ではなく、グローバリズムと反グローバリズムであったり、長く忘れ去られていた(放置されていた)一部の国民の感情、経済格差など複雑な要素が絡んでいる点では日本にいても無関心ではいられないのです。
(2017年9月11日執筆)
NetGalley(ネットギャリー)に参加しています。
NetGalley(ネットギャリー)で、発刊前のゲラ状態で読ませていただきました。
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